お話「ラムネ屋トンコ」


第二十五回 昭和三十年 冬 泥棒にも三分の理

四年生の十一月末の、夜中のことです。「火事だー! 角の家が火事だー!」と大声が聞こえます。

「バンバンバーン」と、ブリキのバケツをほうきの棒で叩く音も、響きわたりました。

誰かが、ダダダダアーと前の路地を走っています。

父が寝巻きのまま、出て行きました。

我家の斜め前の角の家は、おじいさんとおばあさんの二人暮らしです。

すぐ近くのなので、私も見に行こうとしましたが、足がガタガタ震えて下駄が履けません。

「火は消えたぞー! 火事場泥棒に気をつけろ! 帰って戸締まりをして下さーい!」と隣のおじさんが叫んでいます。

父が帰って来て、「放火らしい。縁側の下に新聞紙と木の枝の燃えカスがあった。」「見かけない男がうろついていたらしい。年寄りの家だから、近所のみんなが消しに行くから、その間に泥棒に入ろうとしたに違いない。悪いことをする奴だ!」と怒った声です。

父は、我家の窓や戸のカギを点検して「もう大丈夫。明日は仕事だ。睡眠不足になるから、ひと眠りしよう。」と言って、寝床に入りました。

私はすぐには落ち着かず、なかなか眠れません。

外では足音がして、話し声も聞こえます。

やがて、なにも聞こえなくなり、いつの間にか眠ってしまいました。

翌朝、角の家の垣根から中をのぞくと、おまわりさんが来て調べています。

縁側が少し燃えたらしく、臭いが漂っています。

近くの人が集まり、「大事にならなくてよかった。」 と口々に言っています。

その日の夕方は早くから、父は戸締りを始めました。

「『泥棒にも三分の理』と言って、よほど困った人が出来心で泥棒するのだ。『罪を憎んで、人を憎むな』と言う諺があるが、放火は絶対に許す訳にはいかない!」と厳しい声です。

「戸締りをちゃんとしておけば、泥棒はできん。これで大丈夫だが、用心が大事。」と言って、太目の長い棒を枕もとに置きました。

その日は好きなラジオ番組がないので、父が「トランプをしよう。」と言います。

七ならべの後、ばばぬきをしていると、「火の用心。」の声と、拍子木を打つカチカチという音が外から聞こえます。

町内の若いお兄さん達が、夜回りをすることになったのです。

「火の用心の夜回りは、放火も泥棒も防ぐことになる。」と父が安心の声です。

トランプの後、父が二年生の弟に、小刀を持って鉛筆の削り方を教え始めました。

私には、二年生の終わり頃、ラジオを聞いた後に何回か教えてくれたので、だいぶ上手になりました。

そうこうしていると、みんな眠くなったので、寝床に早く着きました。

しばらく何事も無く、町内は静かでした。

年末が近くなり、我家では毎年お正月に家族写真を撮るので、カメラが話題になりました。

さあ大変! 表の間に掛けてあった、カメラが見当たらないのです。

火事の翌日は確かにありました。

我家は夜の戸締りはちゃんとするようになりました。

昼間はラムネを製造する手伝いの人が来るし、ラムネを運ぶために軽自動車が来るので、いつも父か母が必ず家にいます。

ですから、表の玄関も縁側も、製造場の大戸も開けっぱなしです。

寒くなったので戸を締めても、昼間はカギをかけません。

何時からカメラがないのか、分かりません。

以前は隣の中学生のいとこが、お正月の家族写真を写してくれていました。

しかし、いとこ達が引っ越したので、一年前に父がカメラを買って来たのです。

掛けていたカメラが、外から見えたに違いありません。

「念のため、警察に届けよう。」と、父は出かけました。

「盗まれた物は、ほとんど返ってくることはないらしい。」と帰って来て言います。

そして家中を見回し、「これで金目の物は無くなった。泥棒が入ることはないだろう。」と落ち込んだ様子はなく、むしろホッとしているようです。

「泥棒がカメラを質屋に出して、年越しの金にしたかもしれん。」と、もうあきらめたようでした。

しばらくして泥棒が捕まり、我家のカメラを盗んだことを白状したと、警察から連絡がありました。

泥棒がカメラを知らない人に安く売ったそうで、もう帰ってこないことが明らかです。

お正月に、いとこ達がカメラを持って来たので、家族写真を撮って貰いました。

毎年正月に、我家では、父が百人一首のかるた会を開いています。

いとこの他に近所の数人の子ども達が集まりました。

中学生のいとこが一番たくさん札を取り、みかん十個のほうびを貰い得意顔です。

年末から、私は「大江山いくのの道の遠ければ、まだふみもみず天の橋立」などを覚えました。

八枚の札を取れて、みかんを三個もらって、いい気分です。

その後、いとこと私達姉弟が「一年の計は元旦にあり」の言葉通り、「一年の計」を発表します。

私は「今年は忘れ物をしないようにします。」と言い、父からお年玉を貰いました。

カメラがあった方がいいのですが、値段が高いので当分の間、父は買いそうにありません。

お年玉を貯めても、なかなか買えそうにありません。

いとこが来年のお正月も、カメラを持って来て、家族写真を撮ってくれるそうなので、よかったと思います。


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