第三十七回 昭和三十二年 二月 私は女らしいかしら?
三学期が始まりしばらくして、「五年生の女子だけ家庭科室に集まって下さい。」と放送がありました。
女子みんなが集まると、五年生の女の先生が来て「生理」「初潮」「月経」「卵子」「子宮」と黒板に書きました。
「今日は女の人の生理についてのお話です。」と始まりました。
「みなさんは、これから胸がふくらんで体つきもふっくらして、女らしくなります。
初めての出血を初潮と言います。
その後、月一回数日間の出血があり、それを月経と言います。
病気ではないので安心して下さい。
卵子がお腹の中にある証拠ですよ。
清潔に手当てしましょう。
出血が多い時やつらい時は、体育の時間を見学してもいいですよ。」と、先生が話しました。
そして生理用パンツと生理用にカットした綿を、見せてくれました。
その頃はまだ生理用ナプキンは売っていなかったのです。
「男子は夢精があって射精が始まります。
結婚して、一緒に寝て卵子と精子が出会って妊娠したら、月経は止まります。
お腹の中にある子宮という袋の中で、赤ちゃんは育ちます。
すばらしいことです。
自分の体を大切にしましょう。」と続きました。
その時、家庭科室の裏でガタガタ音がしました。
男子が天井裏に上って、話を聞こうとしたらしいのです。
先生に見つかってしまい、逃げて行きました。
あくる日、男子は家庭科室に集められて「男子だけの話」を聞いたようです。
私達女子は生理の話で持ちきりにぎやかです。
その夜、押入から布団を出す時、俊君の家でかくれんぼをした時のことが、頭に浮かびました。
押入の布団の中で男の子とピッタリくっついて、体が熱くなったことです。
私はひょっとして、妊娠したのではないかと心配です。
まだ胸がふくらんでいないし初潮もないから、妊娠しないと思うけど、気になります。
その日もドッチボールや三角ベースをして疲れたので、気になりつつ眠ってしまいました。
次の日、学校で明子ちゃんが「生理中だから体育の時間休む。」と言います。
みんなが「お腹が痛い?」と聞きますと、「ううん。胸が張ってるの。
ブルマーが汚れたらいやだから休む。」とふくらんだ胸をさわって応えました。
それを聞いて、私はちっとも膨らんでいない胸と下腹も張ったような気がします。
しかし生活発表会の前なので、そちらに気を取られ、心配事は忘れました。
私は劇に出たかったのですが、出たい人がいないので、劇は残念ながらありません。北海道のアイヌの歌や踊りの発表になりました。
生活発表会が終わった翌日、母は神戸のいとこの結婚式に出かけました。
次の日は、五年生最後の遠足です。
夕食後、姉と一緒に「始めチョロチョロ、中ぱっぱ」と言いながらごはんを焚きました。
梅干入りのおにぎりと卵焼きを作り、漬物も入れてお弁当はできあがりです。
布団に入ると、下腹と胸が張っているようで、心臓がドキドキしています。
明日は遠足だから早く眠ろうとしますが気になります。
明日、瞳ちゃんに、俊君の家でのかくれんぼの時の妊娠の心配事を、話してみようと決めました。
するとすぐに眠ってしまったようです。
あくる朝、外はよい天気。
起きようとすると、パンツが湿っている感じです。
そんなばかな、もうおねしょなんかしないはずとパンツを見ると、赤く染まっています。
となりの姉が気づいて、母が買い置きしていた生理用パンツとカット綿を出しました。
「遠足だから休んだら」と姉。
「遠足だから休まない」と私。
「山に登る前に便所に行って取り替えるのよ。」と姉がカット綿を軟らかいちり紙で包み、巾着袋に入れてくれました。
リュックにいつも通りお弁当など入れて、生理用カット綿入り巾着もちゃんと入れて、瞳ちゃんを誘いに出発です。
瞳ちゃんには、妊娠の心配事はなくなったし、初潮のことも言わないことにしました。
胸がちっともふくらんでいない私に、初潮があったことが、恥ずかしい気がしたからです。
遠足は隣の駅まで汽車で行き、近くのT山へ。
駅の便所で、カット綿を交換したので大丈夫です。
上り道で、「としちゃん、歩き方がいつもと違うけど、どうしたの?」としおりちゃんが声をかけてくれました。
「ちょっとここが、いつもと少し違うの。でも平気よ。」と、足の付け根をさわって言いました。しおりちゃんは石のない方の道をゆずってくれて、一緒に登りました。しおりちゃんの家はお店をしていて、足の不自由な人が働いています。だから、私の歩き方に気がついて、やさしくしてくれるのだと思いました。
私は心も体もポカポカになりながら登りました。頂上は風がさわやかでいい気分です。空はすみわたり、眼下の瀬戸内海はキラキラ輝き、心配事の消えた私の心のようです。
お腹がすいたので、お弁当がおいしかったこと。
遠足に来て、ほんとうによかったと思いました。
山頂で遊び、おやつやおしゃべりの後、下山です。
その夜は、初めての経験で疲れたので、早く寝床に入りました。
翌日、母が帰ってきて赤飯を炊いて「初潮」を祝ってくれました。
姉は生理が始まってから、父と一緒にお風呂に入りません。
私は今まで頭の髪を洗う時は、必ず父と一緒でした。
父に洗面器でお湯を汲んで、髪に流して貰うためです。
これからは一人で入るので大変ですが、頑張るつもりです。
その頃は家庭のお風呂に、シャワーはなかったのです。
父がお風呂を誘わなくなり、なんだか淋しそうです。
つぎの日曜の朝、私は板の間の拭き掃除を始めました。
拭き掃除をすると、母が喜ぶからです。
その時、母の本箱に「妊娠しやすい方法」と書いてある、婦人雑誌の付録を見つけました。
母はもう赤ちゃんを産まないので見ないのか、袋とじのままです。
そっと隙間を開くと、男の人と女の人が裸で抱き合っている絵が三つ見えます。
私は絵のように裸で抱き合ったら妊娠するのだと、分かったのです。
「なーんだそうだったのか。」もっと早く知っていれば、心配しなかったのに。
私は、今は赤ちゃんの世話ができないので無理だけど、大人になったら赤ちゃんを産んで育てられるようになれるかなと、少し不安と期待の気持ちがうまれました。