お話「ラムネ屋トンコ」
第九回 昭和二十八年 初夏 親しい友達ができたよ

二年生の六月、教室の椅子に座っている満喜子ちゃんが、お腹に手を当てて下を向いています。
私は心配になって、そばに行って「お腹が痛いの?」と、聞きました。
満喜子ちゃんはゆっくりとうなずいたので、先生に伝えに行きました。
「授業が始まるから、先生は行けないの。としこさんが保健室に連れて行って下さいね。」と、先生。
二人で保健室へ行くと、白衣を着た先生が「横になって休みましょう。」と、満喜子ちゃんをベットに連れて行きました。
私は急いで教室にもどりました。
授業が終わって、先生と一緒に、満喜子ちゃんのところへ行ってみると、少し楽になったようです。
「家に歩いて帰れるかしら?」と先生が聞きました。
「時々少し痛いけど、歩いて帰れます。」と満喜子ちゃん。
「としこさん。帰る道が同じだから、送ってあげてね。」と先生が私に頼みました。
私は満喜子ちゃんのランドセルを、手に持って送って行きました。
先生が、満喜子ちゃんの家の近くのお店に、電話して伝言したのですが、お母さんは留守で、すぐには伝わらなかったようです。
しかし、満喜子ちゃんが家に着いた時には、お母さんはお店の人から、先生の伝言を聞いていて、待っていました。
その頃は、商売をしている家には、黒い電話機がありましたが、ほとんどの家には電話機がなかったのです。
ですから、電話機のある家に電話をして呼び出して貰ったり、架ける時も借りていました。
次の日、「としこさん。昨日はよく気が付きましたね。」と先生に誉められました。
満喜子ちゃんはお休みしたので、帰りに寄ってみると、もうよくなったようで、座って本を読んでいました。
満喜子ちゃんは元気そうだし親しくなれたし、その上、先生に誉められて、私はうれしい気持ちになりました。
六月末、満喜子ちゃんのお誕生日に、私は招かれウキウキです。
学校から帰ってから、父にラムネを五本貰い、満喜子ちゃんの家に持って行きました。
弟さんも加わって、みんなでトランプをした後、ハッピーバースディーの歌を教えてもらい、歌ってお祝いしました。
つぎに、きれいなお寿司とビスケットを食べて、とてもおいしく幸せ一杯です。
お母さんが「温かいお茶があった方がよかったけど、今から火をおこすと時間がかかるわ。」と言いました。
その頃はガスコンロはなく、七輪にまず新聞紙を丸めて入れた上に、消し炭(使った後の炭で火が付き易い)を置き、最後に炭を入れます。
そして、マッチで新聞紙に火を付けるのですが、火がおこるのに時間がかかったのです。
私はこの前、初めてハンカチにアイロンを掛けた時のことを、思い出しました。
熱いアイロンを置く台と間違って、そばに置いてある水の入いったブリキの洗面器に、アイロンを置いてしまったのです。
母が仕立てをする時、ブラシで水を付けるために使うものです。
ジューと音と湯けむりが出て、熱い湯になったのです。
「お鍋に水を入れて、熱いアイロンを入れると、すぐにお湯が沸くよ。」と、私は話しました。
「アハハハハ!それはとしちゃんらしい、いい考えね。ワハハ。」とお母さんは笑います。
お母さんは、私がそそっかしくて、失敗したことを知っているのかしらと、ドキッとしましたが、誉めてくれたようで、うれしく感じます。
そこへ、勤め先の小学校からお父さんの俊栄先生が帰って来て、「海へ行こう。」と言って、連れて行ってくれました。
みんなでK川の河口へ行くと、干潮で砂浜が広がって、海の水は遠くへ見えます。
「マテ貝は、穴に塩を入れると出てくるから、そっと上手に捕まえるんだ。」とお父さん。
塩を入れた後、貝がぴょこと出て来ます。
すぐに捕まえてしっかり握っていないと、すぐ引っ込んで逃げてしまいます。
私達は真剣に取り組んでも、十個位しか取れませんでした。
あっという間に、太陽が西のO島の方に降りて、美しい夕焼けになっています。
私達の影が砂浜に細長く延びています。
「本当に楽しかったわ。マテ貝も取れてうれしいね。」とみんな口々に、言いました。
「来年の誕生日には、満喜子のおばあちゃんの田舎に泊まりに行こう。蛍がK川のたもとより多いし、夜空の星もここよりもっときれいだ。」とお父さん。
「ありがとうございました。」と言って、来年を楽しみに、こ踊りしながら家に帰りました。
満喜子ちゃんがお腹が痛いのを見つけて、先生に誉められてから後、私はいつも教室のみんなの様子を見てしまいます。
その日は、クラスで一番色白の真知子ちゃんの様子が、いつもと違います。
頬や顔全体がほのかに薄桃色で、他の人と比べると同じように見えます。
幼稚園の時から一緒の私には、少しボーとしているように感じます。
「真知子ちゃん。しんどいの?頭痛いの?」と聞きました。
こくりとうなずいたので、先生に知らせると「保健室に連れて行ってあげて下さいね。」と。
保健室に行って戸をノックすると、保健室の先生が戸を開けました。
「としこさん、しんどいの?」と先生が私の方を見て、おでこに手を当てかけます。
「ぐわいが悪いのは真知子ちゃんです。頭が痛いんだって。」と伝えました。
「ごめんなさいね。としこさんの方が白い顔をしているので間違えたわ。」と先生。
先生は真知子ちゃんをベットに寝かせて体温をはかり始めたので、私は教室に帰りました。
真知子ちゃんは、しばらくしてお母さんに迎えに来て貰って、家に帰ったようです。
学校の帰りに満喜子ちゃんと一緒に、真知子ちゃんの家に寄ってみました。
真知子ちゃんは、いつも通りの色白の顔で、にっこりしたので安心です。
私は満喜子ちゃんの次に真知子ちゃんとも、親しくなれたようで、とても嬉しくなりました。
