お話「ラムネ屋トンコ」
第五十七回 昭和三十四年 晩春 しずちゃんと友達に

中学二年の担任は、歌の好きな英語担当の先生だ。
最初のホームルームの時間、「クラスのことはみんなで話し合って決めてやっていこう。」と先生の提案があった。
話し合いになると、議長と書記が必要だ。
ひそひそ声が聞こえた後、私の名前が出て、すぐに賛成の声があがって決まってしまった。
私の性格を知っているクラスメイトが、私が予想外の意見を言うと困るから、早く私を議長か書記に決めようとしたのだ。
一年の話し合いの時に、何度か議長や書記になって慣れていたが、しばしば勘違いや聞き間違えをするので、私は適していないと思う。
しかし、その度にみんなは訂正したり笑ったりし、私はどうにかその役をしてきた。
一年のホームルームや道徳の時間は、担任が一方的に指導するやり方が多かった。
「僕の立場を考えて、もっと良い成績を取ってくれ。」「立身出世のために勉強しなさい。」「良い行いをして、人に褒められるように。」などしばしば話す。
「二月十一日は紀元節だ。建国二千六百年祭の時は盛大にお祝いをしたんだぞ。」とか「乃木大将」の話などをする担任に、古い感じがして馴染めなかった。
若々しい新しい感じの先生が担任でよかったと、なんだか安心だ。
みんなで話し合って色々なことを決めてクラスが楽しくなるのなら、議長や書記を引き受けてもいいという気分になる。
ホームルームや道徳の時間の話し合いが早く終わると、みんなでうたおうと、先生は黒板に歌詞を書いて教えてくれた。
フォスターの「オールドブラックジョー」や「ともしび」や「コロラドの月」などの歌だ。
みんなで歌っていると、だいぶ前にテレビで見た「うたごえ喫茶」のような気がして楽しい。
楽しいクラスになったからと思うが、女子同士はみんな親しくなったが、穏やかで大人しい女子が多く、男子に話しかけることはあまりなかった。
同じ組のしずちゃんが、K川河口のK橋を渡ったところに引っ越して来た。
さっそく約束して日曜日の午後に遊びに行った。
しずちゃんのお母さんはお兄さんの仕事を手伝っていて、帰るのが遅くなるので、しずちゃんが夕食を作り始めていた。
お父さんはしずちゃんが幼い時亡くなったそうで、学生のお兄さんも二人いる。
「夕食を作るの!すごい!手伝いたいな。」と感心して伝えると、「ねぎとお豆腐を切って。」としずちゃん。
我が家では、あまり料理の手伝いをしたことがないので嬉しくなり、上手ではないが細かく切った。
しずちゃんは、七輪に火をおこして魚を焼き、ほうれん草のおひたしと味噌汁をてきぱきと調理する。
窓から夕凪の海と島が見え、いつの間にか夕日が空を紅く美しく染めていた。
お母さん達が帰って来るまで待つことにした。
中学に通い始めた頃から、父はいつも早く夕食を済ませ、すぐ出掛けて留守なので、少し遅く帰っても叱られないからだ。
お兄さんとお母さんが帰ってくると、私に話しかけたり、家族みんなで話が弾むので、驚きつつ楽しく聞き入った。
その後、足取り軽く小走りで家に帰った。
我が家では、友達が来て挨拶しても、父は「やあ。」とだけ、母は「いらっしゃ。」と応えるだけだ。
食事中は「おしゃべりしないでよく噛んで食べなさい。」と言われてきたし、他の時もほとんど会話がない。
小学の時から、父から私に話しかけることは少なく、私が話しかけたり質問した時、応えるだけだった。
話す機会が少ないので、話した事はみな覚えている気がする。
姉は無口なほうで、父は姉だけには自分からたまに何か話しかけている。
弟は母に時々何か文句を言っている。
父と母の会話はほとんど無く、用事がある時一声かけたら終わりだ。
父は、家族の健康と仕事の事だけを気にしているらしく、夕方から友達の家に行く。
以前から続けている週一回のトランプの日だけは、父は在宅だ。
会話が弾む訳ではなく、父姉弟と私も、それぞれトランプに勝とうとかなり真剣に取り組んでいる。
母は、家族のことを見てなんとなく分っているようだ。
姉弟私は自分のことが精一杯で、家族のことを気にするゆとりはなく、話しかけることも少ない気がする。
もっとも、私は夕方遅く帰るし、日曜は友達のところに行くので、家族と接するのが少ないから、そのように感じるのかもしれない。
家族みんなが何を思いどのように考え感じているかは、あまり知らずに暮らしているがさほど困っていない。
中学生になって、私は家族に話したい事はあまりないので平気だ。
礼子ちゃんとおしゃべりしたり、クラブで瞳ちゃん達と、また真知子ちゃんやひろこちゃんと、最近はしずちゃんと親しく話しているからだ。
次にしずちゃんの家を訪ねた時、子供連れのお客さんがあり、みんなで会話して冗談も飛び交うのでつい笑ってしまう。
今まで聞いたことのない内容なので、とてもおもしろい。
会話の少ない我が家と随分違うと感じた。
しかし、「勉強しなさい。」と言わないところと、「無理して体をこわさないようにしよう。」と言うことが同じだ。
また、トランプなどのゲームを好きなところも似ている。
しずちゃんのお母さんやお兄さん達とも、気楽に話せそうで嬉しくなった。
今まで、大人で親しく話せたのは先生だけだったし、両親から教えられることも少ないので、私は知らないことが多いと気づく。
これからは、しずちゃんの家で大人の人から話を聞けそうで楽しみだ。
