第八回 昭和二十八年 二月 いたずらっ子
母が病気療養中、私より三才年下の弟は、一才の時から四年間も、田舎のおじいさんの家で暮らしました。
五歳になり幼稚園へ行く前に、我家に帰って来ました。
時々、ラムネを運ぶ三輪の軽トラックが、路地に入って我家の前に来ます。
その時、弟は怪獣に襲われたかのように、大あわてで玄関に「ワーッ!」と飛び込みます。
また、路地のむこうの大きい通りを、バスが走るのを見ただけで、緊張して急いで帰って来ます。
弟のいた田舎の道路では、乗り物が少なかったので、バスやトラックが珍しかったのです。
家族みんなで暮らせるようになって、嬉しかったのですが、困ったことが起こります。
弟は外では弱虫ですが、家の中では強気でいたずらばかりです。
私の学校で使う一年生の色々な道具を取り込んで、自分のおもちゃ箱に入れて、知らん顔をしています。
ある日、学校へ行ってみると、昨夜用意したはずの、数カードがないのです。
弟のしわざに違いありません。
四年生の姉のところに、助けを求めに行きました。
他のクラスの、近所の友達の瞳ちゃんに、借りるよう教えてもらい大忙しです。
朝学校へ行く前に、ランドセルの中を見忘れると、学校で使う道具がなくて困ることになります。
しかし、何回も道具がないことがあり慣れてしまい、私は友達に学用品などを借してもらうのが上手になりました。
また、弟が教科書にいたずら描きをしましたが、姉のお古の教科書であまり目立たないので、気にしないことにしました。。
その頃は兄や姉のいる弟妹は、入学しても新しい学年になっても、お下がりの古い教科書を使っていたのです。
また、私自身がうっかり忘れ物した時も、すぐに友達に借りにいって大丈夫です。
母やみんなは、私のうっかりの忘れ物が多すぎると、思っていたようですが。
一年生の終り頃、教室で新しい消しゴムがないことに、気がつきました。
ランドセルをひっくり返してみましたが、見ありません。
ところが帰る前に、私の机の上にあるのです。
誰かが隠していたのに、違いありません。
「だれー? 消しゴムを隠したのは?」と、クラスのいたずら好きの男子に聞きましたが、ニタニタ笑って教えてくれません。
消しゴムが出てきたので、まあいいかと思って、犯人探しはやめました。
学校に慣れてきたからか、男子が女子の持ち物を隠したり、いたずらすることが増えてきました。
腕白な男子が、女子にちょっかいを出すこともあります。
泣き虫の女子がいたずらされて泣き始めると、授業がなかなか始められないので、先生は困ってしまいます。
そこで、泣いたことのない私の出番です。
先生は、その時の一番のいたずらっ子や、腕白な男の子の隣の席を、私にしました。
その頃の机は二人用でしたから、隣同士くっついていたので、いたずらしやすかったのです。
そのうち、男子は泣き虫の女子へのいたずらをすると、先生にひどく叱られるし、何をされても男子が怖くて、黙っている女子にも、やりがいがないらしく、弱そうな女子には、いたずらはしなくなりました。
しかし、私は道具が見あたらないと、他のクラスにあわてて借りに行きます。
後で出てきたら、「しまった! 隠くされた。」と気が付いて、「誰が隠したの?」と聞きまわるので、おもしろかったのでしょう。
私は何度もいたずらされたので、慣れてしまいました。
私も仕返しのいたずらを時々しましたが、男子はちっとも困らないし、かえって喜んでいるようです。。
私の隣の席は、ずっといたずらっ子や腕白坊主で、私はいたずらっ子や腕白坊主と親しくなりました。
授業中時々、私の鉛筆や消しゴムが落ちて、遠くへ転がった時、私は授業が終わってから、拾うつもりでいます。
が、腕白つよし君やいたずらっ子が、わざわざ遠くまで取りに行ってくれます。
腕白坊主もいたずらっ子も、ほんとうは親切なんだと思います。
しかし、先生は困った顔をしていました。
ある日、つよし君が「遊びにこいよ。」と誘ってくれたので、さっそく出かけました。
つよし君は、家の立派な柿の木に、するすると登って「おーい、登ってこいよー。」と上の方から呼びます。
私は、柿の木に登ったことがありますが、こんなに高くて太い木は初めてです。
もたもたしていると、つよし君がシューと下りてきて、「その枝を持って、左の枝に足をかけて。」と力を貸してくれました。
私はそれまで、背の二倍の高さまで登ったことはありませんが、登ることができました。
「広いなー。よく見えるわー。」と、思わず声が出ました。
田畑が広がり、その向うに工場と海も見渡せて感激です。
一度下りてから、今度は自分一人で登れるか、試してみました。
どうにか登れたので、私は「ヤッター!」と、嬉しくてたまりません。
その時、おしっこに行きたくなったので、あわてて下りました。
この前、つよし君の所に遊びに来た母里子ちゃんが、言ったことを思い出したのです。
母里子ちゃんが屋根の上に登った時、「おしっこに行きたい。」と言ったら、つよし君が「屋根から、おしっこをしていいぞ!」と言ったそうです。
「木の上からおしっこしていいぞ。」と言われたらいやだから、私はおしっこのことは黙っていました。
「木登りができるようになったわ。ありがとう。もう帰るよ。」「さよなら三角またきて四角。」と言って、手を振りました。
「秋には柿がなるから、またこいよ。」と誘ってくれます。
つよし君は気は優しくて力持ちだと分かりました。