第七回 昭和二十八年 初め いじわるばあさん
一年生の三学期、間もなく学芸会です。
担任の先生が、「合唱に出たい人はいますか?」「踊りがいい人は?」など、みんなに聞きます。
劇の希望者が少ないので、先生が「としこさんは劇にしたら。」と勧めます。
私は自分で決められなかったので、うなずきました。
他の四人と一緒に劇の教室に行と、「一年生はしたきり雀の劇です。」と劇の担当の先生が言いました。
台本をみんなで読んだ後、先生が役の希望を聞きます。
雀やおじいさんや竹やぶなどの役の希望者はありますが、いじわるばあさんの希望者だけはありません。
先生が女子の中でも強そうな二人の方を見て、「ひろ子さんかとしこさんが、おばあさん役になったらどうかしら?」とみんなに聞きました。
みんな大賛成のようです。
そこで、二人がおばあさんの台詞を、読むことになりました。
二人とも小さい声です。
だって、いじわるばあさんに、なりたくなかったからです。
「明日もう一度読んでもらって、大きい声が出るほうに決めましょう。」と先生。
私は家に帰ってからも縁側に座って、どうしようかと考えていました。
ガラス戸の外の、葉っぱの落ちた枝だけのもみじの木が、目に入りました。
その向うを隣のおばさんが怖い顔をして、下駄の音をツカツカとたてて歩いています。
隣の三人のいとこを産んだお母さんは、十年前に亡くなりました。
五年前におばさんがやって来て、そのおばさんに赤ちゃんが生まれました。
一番上の中学のお姉さんは、いつも妹の赤ちゃんをおんぶして、大きい桶に水を汲んで、手でゴシゴシと洗濯をしています。
この前、ラムネを作りに来ているおばちゃん達が、「かわいそうに。明日期末テストがあるのに、妹をおんぶして洗濯をしているよ。」と言っていました。
兄弟二人があまりお手伝いをしないと言って、おばさんはいつも怒った目や顔をしています。
今日も兄弟をにらんでいます。
だいぶ前、私は「隣のおばさんはとても怖い顔をしているのに、どうして赤ちゃんはかわいい顔をしているの?」と、おばあちゃんに聞きました。
「そんなことは、二度と言うちゃぁいけん。」と言って、なにも応えてくれません。
私は誰にも聞けないので、よく見ることにしました。
おばさんが、三人のいとこをいくら怒っても、いとこ三人は妹を可愛がっています。
おばさんが留守の時、兄弟二人は激しい兄弟げんかをしますが、妹には優しいのです。
私は三人のいとこが優しく可愛がるから、妹の赤ちゃんがかわいいのだと思いました。
また、中学生のお兄ちゃんは笛吹童子が聞ける鉱石ラジオを作ることができるし、三人のいとこを本当に感心な姉弟と思っていました。
しかし、おばさんを好きになれません。
私はおばさんの真似をすれば、いじわるばあさんの役ができると、思いつきました。
劇の台本を開いて、いじわるな声で台詞を読んでみました。
「いじわるばあさん役を、私がするのが一番いいわ。おばあさん役をしよう。」と心に決めました。
あくる日の劇のけいこの時間です。
先生が「ひろ子さんから先に読みましょう。」と言います。
ひろ子さんは大きい声で読みました。
もう決まりという雰囲気です。
「つぎ、としこさんどうぞ。」の先生の声。
「のりがない! のりがない!」「おまえが食べたな。おまえの舌を切ってやるー。」と、いじわるな大きい声で叫ぶように言いました。
みんなビックリ。
ひろ子さんも、私の方がよいと思ったようです。
いじわるばあさん役は、私に決まりました。
四年間位療養していた母は、ずいぶん元気になっていたので、おばあちゃんの古い着物をほどいて、いじわるばあさんの着物に、縫い直してくれました。
学芸会当日、私はいじわるばあさんを、演じきりました。
「いじわるばあさんらしかったよ。」「ほんとうにいじわるに見えたよ。」と、みんなが誉めるように、言ってくれました。
しかし、私はあまり嬉しくありません。
雀になったきれいな着物姿の子達は、誉められてよりかわいらしく見えます。
特にいじめられる雀になった主役の裕子ちゃんと、優しいおじいさん役の子は、「上手だったよ。」とみんなに誉められて、人気者になりました。
私は周りから、いじわると思われているように感じます。
したきり雀のおばあさん役をして、よかったと思えず無口になりました。
しばらくして、いじめられた雀役の裕子ちゃんが、私と親しくしてくれるようになりました。
いじわるばあさん役といじめられた雀役の二人が、親しくなるのは不思議な気持ちです。
が、私は裕子ちゃんと友達になれたので、沈んだ気持ちから明るくなり、またおしゃべりになりました。
次は優しい女の子の役ができますようにと、心の中で願いました。