お話「ラムネ屋トンコ」


第二十九回 昭和三十一年 夏 笑顔のほうが七難かくす

五年生の夏休み、いとこのとしえちゃんの家へ行くことになりました。

一時間位汽車に乗り、T駅に着いて、坂道を登って行くと、段々畑が続き、日陰はありません。

わらぶきの農家がときどき目に入り、庭の大きなひまわりや足元のかわいい松葉ボタンの花が、暑くても元気に咲いています。

夏の日差しをとても強く感じます。

急いで歩くと汗が出るので、時々ある木陰で、休みながら歩きました。

日陰が少ないここでは、誰でもが日焼けして色黒になりそうです。

私はいつも我家の近くのK川で、泳いで日焼けしているので、毛深いのが目立たないかなと腕を見ると、毛が夏の風にゆれています。

としえちゃんの家に着くと、おばあさんが笑顔で、梅酒を山の冷たい湧き水で薄めて出してくれました。

「ウワー、おいしい。家のラムネよりおいしい!」とつい言ってしまいました。

ほんとうは同じ位おいしいのですが。

「そりゃーよかった。もう一杯持って来よう。」とおばあさんが嬉しそうです。

「酔っ払うから、麦茶にしようね。」と今度はおばさんが麦茶を持って来ました。

山の湧き水で冷やした麦茶も、同じようにおいしく感じました。

早速、「色が白いとそばかすとほくろが目立つよ。それに冬、頬にしもやけができて、おてもやんのように目立つのよ。」と私はおばさんに話し始めました。

「それから日焼けしてヒリヒリして皮がむけるのよ。それよりも、腕や脚の毛深いのが目立つことがいやなの。この前、軽石でこすって取ろうとしたら、赤くなってヒリヒリして痛かったのよー。」と続けました。

おばさんは「それは大変だったね。」とにこにこ顔です。

私も思い出して、おかしくなって笑ってしまいました。

「としちゃんは、笑顔がかわいくていいね。」とおばさんは言います。

「笑う角には福来たるよ。」と付け加えました。

その時、KAドックの社長さんのことを思い出しました。

我家の隣の家のいとこが引越ししてから、隣は空家になりました。

その家を、「KAドックの社長さんが借りてくれたので、家賃が入るのでとても助かるのよ。」と母が言いました。

だから、私は、学校へ行く時や日曜日の朝出会った時、社長さんにいつも笑顔で「おはようございます。」と挨拶します。

この前の日曜日、バス通りに出たところで、社長さんがハイヤーの中から「いつも笑顔でいいですね。どこへ行きますか?」と声をかけてくれました。

「日曜学校へ。」と返事すると、「それは感心ですね。」と言って、途中まで乗せてくれたのです。

また、社長さんの食事などのお世話をするお手伝いさんが「社長さんが、いつも笑顔のとしちゃんを好きらしいよ。『テレビを見たい時、いらっしゃい。』ですって。」と誘ってくれました。

「笑う角には福来る。」ってそのことかなと思いました。

私は学校の工作で使う和紙を、ふすま屋のおばさんに貰ったり、毛糸の残りを編物の好きな散髪屋のおばさんに、何回も貰らっています。

また、U病院の先生や瞳ちゃんの家族や他の皆さんにお世話になっているので、いつも、みんなににこにこ顔で挨拶します。

これからも、笑顔で挨拶しようと思います。

笑顔のほうが七難隠すように思えるし、いいことがありそうな気がします。

そこへ、としえちゃんが登校日だったので、学校から帰って来ました。

「やー、まっ黒!」が二人の挨拶がわりです。

すぐに、家の裏の小川で遊ぶことにしました。

K川の河口の海の水と違って、とても冷たく気持ちいいのです。

川魚が泳いでいて一緒に遊べるので、つい長く水の中にいすぎて寒くなり、唇が紫色になってしまいました。

川から上がって、としえちゃんは、優しく弟さんの耳のそうじをしてあげるので感心します。

としえちゃんは長女で弟が二人いてお姉さんなので、同い年の私にとってもお姉さんのようです。

私は弟とけんかばかりで、お姉さんになるのは難しいと思います。

夕ご飯の時「漬物も野菜も、とってもおいしーい!」と笑顔で言うと、おばあさんが山ほどお皿によそってくれます。

帰る時、畑や山で採れる野菜などのおみやげが、多すぎて重いので大変ですが、おいしいので遠慮なく貰って帰ります。

私は、としえちゃんやみんなのことが大好きです。

そして、来るたびに、家族みんなが寒い時も暑い時も、畑仕事に精を出しているので、すごいなあと感心します。

そして、もう一つ感心することがあります。

繕い物をした後、針に糸が少し残った時、玉結びして雑巾用の手拭に、数目縫い玉止めします。

残りの糸も全部利用しているのです。

雑巾に幾つも玉止めがあって、きれいに見えます。

糸がもったいないからと、おばあさんが昔から続けているそうです。

私も見習おうと思いました。


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