第四十一回 昭和三十二年 五月 修学旅行
六年生の五月、楽しみにしていた北九州への一泊二日の修学旅行の日です。
前日に、私達女子は大学を卒業したての、お兄さんのような副担任のO先生に、いたずらしようと決めていました。
汽車に乗ってすぐに、女子が集まって相談です。
ガムを包装してある銀紙の中に、ガムに似た紙を入れて、度のきついめがねをかけた真面目なO先生に、それをすすめて食べてもらう案に決まりました。
早速、いたずら用のガムを作り始めました。
次に「O先生をおどろかす」の芝居の台本作りです。
女子一「O先生。めがねの度はどのくらい?めがねを貸して下さいね。」と先生のめがねを受け取り、かけてみる。「うわー。全然見えないワー、度がきついね。」女子二「ほんとー!私にも見せてー。ぜんぜん見えないわー。」とめがねをかける。
女子三「ガムをどうぞ。」と女子一にすすめる。
女子一「ありがとう」と言ってガムをかみ始める。
女子三「O先生もどうぞ。」とすすめる。
先生は紙のガムをかむでしょうか?さあ、「O先生をおどろかす」のお芝居の始まりです。
先生の席のまわりに、まず、しおりちゃんと和子ちゃんと私が座りました。
そして、前後の席に女子全員が集まりました。
台本通りにすすめると、先生は「ありがとう。」と言って、ガムを受け取り、包み紙から紙のガム出して、口に入れてかみ始めたのです。
私達は「やったー。」と心の中で歓声を上げました。
先生は気が付かず、平気で紙のガムをかんでいます。
間違えて本物のガムを渡したかなと、女子三の私が確かめましたが、間違いなく紙のガムです。
「先生。それはガムですか?」と食べてしまっては大変と、たずねました。
先生は、口から手の平に出して、やっと紙と分かってびっくり。
私達は、大歓声をあげてて大喜び。
みんな、以前よりO先生と親しくなったのです。
O先生は写真を撮るのが好きなので、旅行中、みんな順番に笑顔で写してもらいました。
帰りの観光バスの中から、西鉄ライオンズの野球選手が、ランニングをしている姿が見えた時、男子は大歓声です。
終点の博多駅に着くと、数人の男子が、野球選手に会おうと、今きた道を走り出しました。
O先生が追いかけて行き、男子達はしぶしぶ帰ってきて、担任の先生に大目玉をくらいました。
みんなは帰りの汽車に乗り込み、帰路に。
先生達は無事に駅に到着し、ホッとしたようでした。
博多の大宰府と、熊本の美しい水前寺公園と、広大な阿蘇山や、旅館で、男子がわざと間違えて、女子の部屋に入ってきて、大騒ぎになったことなど思い出します。
男子は野球選手を間近に見たこと、女子はO先生にいたずらしたことが、一番の思い出になったようです。
さて、私達の組は楽しい六年生になるように、毎月誕生会を開くことを、四月に決めていました。
プログラムを誕生月の人が考えて、誕生会を開きます。
六月の誕生月の男子は「私は誰でしょう?」のなぞなぞクイズを始めました。
修学旅行の時、西鉄ライオンズの野球選手を追いかけた男子が出題者です。
答えはきっと選手の名前だと思いますが、女子はほとんど知りません。
私は、かず君も野球を大好きなことを知っていたので、父がラジオで野球を聞く時、一緒に聞いていたので少し分かります。
「野球選手ですか?」と私。「ハイ。」の返事。
「西鉄ライオンズの選手ですか?」「ハイ」やっぱりと思い、私ははりきって答えました。
「稲尾選手ですか?」「違います。」「中西選手ですか?」「近い。おしーい。残念!」正解は「中西太選手」でした。
「太」は知らなかったのですが、楽しいなぞなぞでした。
しばらくして、「広島球場に夜間照明がついたので、ナイター戦が出来るようになったんじゃー。」「学校を早引けして見に行きたーい。」と男子が盛り上がっていました。
先生の耳にも入ったらしく、終りの会の時「男子が早退して野球観戦に行きたいと言っていますが、どう思いますか?」と、みんなに聞きました。
「初めての西鉄広島のナイター観戦バスツアーに、どうしても行きたいんじゃ。」「夕方から始まるから、六時間目を早退したら、間に合うんじゃー。」「ここから、ツアーが出るのは、一年に一回なんじゃー。」と訴えるように発言しています。
「みんなの考えを調べましょう。早退してもいいと思う人は手を挙げて。」と先生。
男子はほとんど手をあげました。
私も「ハーイ。」と手をあげました。
女子は私だけでした。
反対意見が出なかったのに、賛成の女子ががいなかったので驚きました。
私は手を下ろすことはしませんでした。
あんなに修学旅行の時、野球選手を見て盛り上がったのだから、私は男子のために、修学旅行に野球観戦があったらよかったのにと思った程でした。
それに学校から授業を休んで、映画を観に行くこともあるのだから、一時間位早退して、大好きな野球を見に行くことはステキなことに思えたのです。
それに、病気で休むより、野球応援で休むことのほうが、絶対いいと思いました。
女子みんなは、私と考えが違うようです。
「としちゃんはでしゃばりだわー。」「ほんとにでっしゃんね。」と母里子ちゃん達が言っていたようですが、私の耳に入りませんでした。
もし、聞こえたとしても、私はの考えやおせっかいは、変わらなかったでしょう。