第五十五回 昭和三十四年 初春 英語教室の加禄先生
中学入学後、英語教室に一緒に通っていた満喜子ちゃんが、お父さんの転勤でY市に引っ越した。
淋しくなったが、後から加わった礼子ちゃんが明るくおしゃべりするので、英語教室は楽しく賑やかになった。
加禄先生が愉快な英語の詩や歌を教えてくれるので、学校の英語の授業より楽しく感じる。
英語を読んだり、話したりするのが苦手だった私も、下手ながら声を出すようになった。
三学期の終わり頃、英語教室に行くと、私の「公園の絵」が額に入れて壁に掛けてあるので驚いた。
二週間前、敏春先生に誘われて行った隣の市の新聞社のスケッチ大会で、私が描いたものだ。
絵の教室に時々行っていたが、先生の以前の絵を仕上げて欲しいという期待にそわず、一緒に行った友達とおしゃべりばかりしていた。
日曜日に暇な私が、戸外のスケッチ大会であれば絵を描くだろうと、先生が誘ってくれたのだ。
ピクニック気分でおにぎりと絵の道具を持って出かけた。
スケッチ大会の絵はその日のうちに仕上げなければならない。
以前描いた屋根の絵のように、マジックで木や葉やつぼみや石などを描き、日本画のように絵の具を部分的に置くようにして塗り始めた。
しばらくすると、弁当の時間になったので休憩。
みんなでおしゃべりしながら楽しく食べて、気分転換になった。
その後、みんなの絵を見て回ると、頑張って仕上げに入っていた。
私もやる気になって、続きの色を付けてどうにか仕上げた。
今までより丁寧に出来たと思った。
「トンコが最後まで丁寧に色を付けて仕上げたから、特選に選ばれた。」と敏春先生が笑顔で言ったのを思い出した。
「新聞にとしこ君の絵が特選と載っていたので、次の日新聞社に見に行ったんだ。気に入ったので、頼んで貰ってきた。」と加録先生が自慢げに話す。
中学生の参加者は少なかったし、私の絵は他の人のように、絵の具を全面に塗っていないので、珍しかったから選ばれたのではと思った。
ちょうどその時、高校を退職した先生は周りの人の薦めで市会議員に立候補したので、選挙活動が始まりとても忙しそうだ。
娘さんが、部屋でメガホンを持って選挙応援の挨拶の練習を始めていた。
そんな中、先生が私の絵を見に行って、貰って来てくれたことがとても嬉しい。
加禄先生を大好きになり、英語も好きになった。
三学期の終業式の日、通知票を開いて見ると、一・二学期と二点だった図工の点が、今度は五点になっていたので驚いた。
「スケッチ大会で特選になったから、五点になったのよ。」と母が言う。
スケッチ大会に図工の教師は来ていなかったから、私の絵を見ていないはずだ。
それなのに、五点を付けるなんてなんだか変だ。
私は、図工の教師を好きになれなかった。
加禄先生は、市会議員に当選してだんだん忙しくなり、教室が続けられなくなった。
私は休まず教室に通っていたのに、がっかりだ。
次の選挙でも、先生は議員に選ばれ、英語教室が再開されることはなかったので、とても残念だった。