第五十六回 昭和三十四年 春 ひろこちゃんと親しくなる
中学一年の三学期、隣のT小学校から同じ中学に通うようになったひろこちゃんと、親しくなった。
ひろこちゃんの小学校は人数が少なく学年で二クラスで、みんなそれぞれよく知っていてとても親しいようだ。
中学になっても、一緒に勉強したり遊んでいるそうだ。
私は同じ小学校の友達と遊んでいるが、一緒に勉強をしたことはなかった。
T小学校からきた新しい友達が出来て嬉しくなり、お互いの小学校の様子を話すだけでも楽しい。
自転車に乗ってT小学校の近くのひろこちゃんの家に遊びに行くのに、三十分位かかるが、サイクリングのようでいい気分だ。
春休み、私の通っていた小学校のすぐ近くの山の桜が咲き始めたので、坂道を登って案内した。
腰を下ろして桜を眺めると、遠くの青空の下に輝く海に突き出た緑の山が目に入る。
ひろこちゃんは初めての風景らしく、「きれいねー。」と喜んでくれた。ゆったりとしたいい気分になる。
「初恋の人はよし君といって、頭がよくてかっこいい人よ。」とひろこちゃんが照れた感じで話し始めた。
「ところで、としちゃんの初恋の人はだれ?」と聞く。
「そーね。私が大好きなのは敏春先生と昌弘先生よ。初恋の人は昌弘先生と思うの。」と応えた。
「先輩か同級生で、好きな人いないの?」とひろこちゃん。
「小学六年の時、かず君にドキドキしたことがあるよ。」と私はかず君のことを初めて人に話すので、頬が少しあつくなった。
「あの背の高いかず君のこと? かず君と私は親戚なのよ。」とひろこちゃん。
「親戚なの?」と私は驚いた。
「としちゃんの初恋の人はかず君なんだー。」とニコニコ顔だ。
「かず君のことは、初恋だったんだわ。」と六年の時を懐かしく思い出した。
中学になってかず君とすれ違ってもドキドキしないし、かず君のことをひろこちゃんに話し終えた後、照れなくなっていた。
「今、好きな人いないの?」と聞かれたので先輩や同級生には「いないいない。」と私。
「好きな人が出来たら教えてね。」とひろこちゃん。
礼子ちゃんも同じことを言った。
親しい友達同志になると、好きな男子のことが気になるもんだということを知った。
昌弘先生との思い出が浮かんできたが、先生のことは誰にも言わないで秘密にしておこうと決めた。
すると、なんだかドキドキしてきたので不思議な気がする。
三学期の修業式の日、「どうしたらテストの点がよくなって、成績が上がるのかしら? 私ね、小学の時より成績が下がったの。」と仲良しの真知子ちゃんから相談を受けた。
真知子ちゃんや同じ小学校の友達と成績の話をするのは初めてだ。
親しくなったひろこちゃんに聞いてみようと思いつき、「友達に聞いてみるわ。」と応えた。
桜の木の下で、「テストの点がどうしたらよくなるか?って、友達から相談されたの。どう思う?」とひろこちゃんに聞いてみた。
即座に「それはテストに出そうな問題を勉強して覚えることよ。」と返ってきた。
「なるほどね。」と私はすぐの返事に少々驚いた。
「成績のよい友達と、テストに出そうなことを紙に書いて教え合っているのよ。今度見せてあげるわ。」とひろこちゃん。
「すごいね。よろしくね。」と、私は、納得してほんとうに感心した。
「二年になって、同じ組になれるといいね。元気でね。」と言って別れた。
二年生の始業式の日、ひろこちゃんと同じ組になり大喜び。
ひろこちゃんの家に行くことが増え、新しいことや風景に出会って楽しくなった。
一学期の中間テストの前に、約束どおり友達と教えあったテストに出そうな問題を見せてくれた。
その上、色々な記憶カードまで教えてくれた。
みんなが大事なことを覚えるために工夫していることを知り、またまた感心するばかりだ。
テストに出そうなことをレポート用紙に写して、真知子ちゃんに見せた。
「これを写して勉強して覚えるわ。」と、真知子ちゃんは真面目な顔。
色々な記憶カードは知っていたようだ。
次の日、レポート用紙を返してくれた。
私は、バレー部のクラブ活動を続けていて、二年生なるとボール拾いが減って、レシーブやパスの練習が多くなり、きつくなったと感じていた。
帰宅して、夕食と入浴を終えて宿題をするだけで精一杯だった。
テスト前はクラブ活動がお休みだから、テストのための勉強をすればいいのだが、私は体を動かすことが好きだし、そうしないと落ち着かない。
ひろこちゃんや友達に誘われたら、サイクリング気分で自転車に乗り、喜んで遊びに出かけた。
いつも遠くへ行きすぎたり、体を動かしすぎて疲れてしまい、家に帰ってから勉強はほとんど出来ない。
テストのためのレポート用紙は、机の上に置いたままだった。