お話「ラムネ屋トンコ」

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第四十二回 昭和三十二年 六月 失敗は成功の元

第042回の絵

六年生の梅雨の頃、理科の時間に磁石とコイルと電池を使って、モーターを作ることになりました。

教科書に書いてある通りにみんな頑張っています。

「みんな出来上がりましたか?」と先生がみんなを見回りながら、言いました。

「はーい。」とみんな。

「さあ、電流を流しましょう。スイッチを入れて下さい。」と先生。

「まわったー。まわったー。」「ヤッター。まわったー。」と歓声が上がりました。

そそっかしい私は、珍しく成功です。しかし、十人くらいの人が静かです。

「失敗は成功の元ですよ。どこか間違っていないか、調べましょう。」と先生。

「磁石が直角に重なっていますか?」「コイルの巻き方はあっていますか?」「電池の入れ方は?」と先生が聞くたびに、「間違っているわー。」など聞こえます。

授業が終わる頃に、みんな成功してモーターは回りました。

「失敗をしたからこそ、大切なところが分かり、気をつけたので成功したのです。一度で成功した人より、失敗した人のほうが勉強になったと思います。」「これからは失敗した時は、『失敗は成功の元』を思い出して、また取り組んで下さいね。」と先生。

私は本当にその通りと思いました。

私の失敗は生まれた時からです。

予定日より早すぎて、産婆さんが来る前に産まれてしまいました。

弟が産まれた時、私は二才半でしたが、産湯のやかんを蹴飛ばして大火傷をしました。

四才の時は新しい下駄を履く時、あわてて、足の親指の爪が取れたり、ほかのことでも失敗だらけです。

その度にみなさんにお世話になって助けて貰いました。

これからは、失敗のまま終らないで、成功するようにしなければと思います。

次の日の習字の時間のことです。

となりの男子が筆を持って立ちました。

「おっととっと。」と言って倒れそうになり、筆が私の手の甲にさわり、手が黒くなってしまいました。

「ごめんな。」と言いましたが、私にはわざとしたように思えます。

しばらくして、新しい半紙を出して下敷きの上に置いて文鎮を置きました。

今度は前の男子がまた筆を持って立ちました。

椅子を動かす時、筆が私の半紙の上に落ちて汚れました。

「ごめんな。」と言いますが、わざとに決まっています。

私は、仕返しをしたくなりました。

墨をすりながら考えました。

「そうだ、いい考えがうかんだわ。」と軟らかくするために水をつけた筆で、前の男子の首筋をすうっと触りました。

前の男子は「ひや―。」と声をあげました。

それを先生が見ていたのです。

先生と目が会いました。

「女子が男子にいたずら書きするなんて。前代未聞だわ。」と先生。

私は「しまった!」と、体が固まってしまいました。

みんなが後を見ました。

みんなには私がいたずらしたことが、わかったかも知れませんが、そのことは気になりません。

先生に不真面目と思われたようで、それがショックです。

「アーア!大失敗!」です。

「失敗は成功の元」と昨日聞いたところですが、この大失敗は取り返しがつかないように思えて、私は珍しく悩むことになり、無口になりました。

家に帰っても、無口です。

早めに布団に入って天井を見つめて、どうしたら名誉挽回できるか考えていました。

姉が気が付いて、姉なりに考えてくれたようです。

「あのね、オキシフルで拭いたら、毛の色が薄くなって毛深いのが目立たなくなるそうよ。」と教えてくれたのです。

「ほんと! やってみる!」と私。

もう一つの悩みの解決法です。

だいぶ前、学校で転んで保健室に行った時、「赤チンは恥ずかしいから色の無い消毒液があったらいいな!」と先生に言いました。

「オキシフルにしましょう。」と言って先生が消毒してくれたのです。

白い泡が出てとてもしゅみますが、まったく目立ちません。

その日、私は学校から帰って、すぐにオキシフルのことを父に話しました。

父は早速、すぐ近くの薬局に行って、珍しい消毒液だと言って、試しに買って来てくれたのです。

私だけが転んで膝をすりむいた時、使っただけなので、まだたくさん残っています。

私はもう一つ大失敗の悩みはすっかり忘れて、腕や脚の毛が薄くなるのを夢見て眠りにつきました。

次の日、私はさっそくオキシフルをガーゼのハンカチに付けて、腕や脚を拭いてみました。

少し冷っとしますが、腕や脚の毛の色が、少しだけ薄くなった気がします。

姉が「何回か付けるといいらしいよ。」と教えてくれたので、明日もまたオキシフルを腕や脚に塗ることにしました。

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