お話「ラムネ屋トンコ」

お話「ラムネ屋トンコ」

第四十三回 昭和三十二年 六月 大失敗、どうしよう

第043回の絵

六年生の六月、習字の授業のある朝です。

この前の習字の授業の時、男子にいたずらして、「前代未聞」と先生に言われた大失敗を思い出しました。

どうしたらよいか考えますが、よい案が浮かびません。

習字の時間がやってきました。

まわりの男子から話し掛けられても、知らん顔して墨をすり続けました。

今日は先生の声がよく聞こえます。

「そうだ。先生が教えてくれたように、しっかり習字の練習をしよう。名誉挽回の近道だわ。」と気がついたのです。

私は今まで、言われた通り決まった通りに、そして何度も同じように書くのは苦手でした。

今日は、はらう筆づかいとか、はねる筆づかいなどに気をつけて書くことにします。

習字の時間があっという間に終ります。

次の習字の時間も次も、しっかり墨をすって、筆づかいに注意して取り組みました。

先生の付けてくれる丸が、少し増えたので、嬉しくなりました。

さて、私は親しくなった副担任のO先生が、絵の教室の手伝いをするので、絵の教室を休まず行きたくなりました。

そうすると、バイオリン教室に行けません。

しばらく、バイオリン教室をお休みすることにしました。

母はがっかりですが、弟と私が乗り気でないのであきらめたようです。

梅雨が終った土曜日の絵の教室です。

「雨の後で、屋根がきれいだから、校舎の屋上から見下ろして、屋根を描くことにしよう。」と敏春先生の提案がありました。

屋上に上って、下を見ると、お寺の屋根やニ階建の屋根や平屋の屋根が、あちこち向いて広がっています。

柿の木の葉やもみじの木の葉が、青々と生き生きしています。

瓦一枚一枚描いていくのは大変です。

見える屋根が少しずつ違っていて、みんなが描いた屋根もそれぞれ違って、おもしろい絵です。

みんなは色を付けたかったけど、日が強く照り始めたし、時間も遅くなったので、「今日はおしまーい。」と敏春先生。

「明日来て、仕上げたい!」と砂子ちゃんが言いました。

O先生が来てくれることになり、次の日、数人の女子が登校することになりました。

日曜の朝です。

学校に行ってみると、和子ちゃんと玲子ちゃんと砂子ちゃん達がおしゃべりしながら、色をつけています。

遅れた私は鉛筆の下書きの上に、屋根や木を黒マジックの一本線で描きあげました。

つぎに、屋根瓦に習字のはらう筆づかいで、すーすーと濃い色や薄い色を入れていきました。

大きい画用紙いっぱいの屋根もこれなら早めに仕上がると思ったのです。

葉っぱは小筆で点の筆づかいで色を付けました。

全部色を塗らないので、茶道を習っているS寺の、床の間の掛け軸の絵のようです。

空もうすく色を付けて、みんなと同じ時に仕上がりました。

次の絵の教室で、「トンコ、筆づかいがうまくなったなー。この屋根の絵はなかなかいいぞ!」と敏春先生が誉めてくれたのです。

嬉しい気持ちで家に帰り、そのことを母に話しました。

「としちゃんは、左ききだと思うの。右手で筆づいがうまいなんて、すごいね。」と母の感心した声です。

「やっぱり私は左ききなのね。」と問い返すと、「箸と鉛筆は右手で持っているけど、まりつきやお汁を注ぐのは左手で上手よ。」と母。

「一年の時、踊ったような字で、ますからはみ出ていたでしょ。仕方ないと思って何も言わなかったのよ。だんだん右手でお魚の身を取るのが上手になったから、そのうち字もうまくなるかと思ったのよ。」とも言いました。

その時、「左利きを無理に直すと、落ち着きのない子になるらしいよ。」と友達のお母さんが言ったことを、思い出しました。

私は最近、小学一年の時の通知表に書かれていた「落ち着きがない」を読めるようになりました。

「一年の時、私は落ち着きがなかったの?」と母に聞きました。

「そうよ。だから家庭訪問の時、抱っこして先生とお話していたでしょ。そうしないと、まわりで跳んだ跳ねたりうろうろするから、先生の話が聞けなかったのよ。」と、そんなこと分かっていたでしょ、という言いかたです。

三年生まで抱っこしてくれていて、小さい時の抱っこの思い出がなかったので、嬉しかったのを思い出しました。

「それにね、学校の個人懇談会では、いいことも言われるけど、分かっているのに嫌なことも言われるのよ。家庭訪問の時もそうよ。」と母。

「だけど、としちゃんを抱っこしていたら、嫌なことを先生は言わないのよ。それもあって、三年生まで、家庭訪問の時は、としちゃんを抱っこしていたのよ。」「四年生になって、だいぶ落ち着いてきたし、先生も困ることが減ったらしく、嫌なことを言われなくなったから、抱っこしなくなったのよ。」とも。

「そうかなー?授業中は椅子に座っていたと思うけどなー。」と私。

「注意散漫で、鉄棒から落ちて気を失ったり、高いところに登って落ちて怪我をしたり、そうそう、肺活量を計る時、息を吐きすぎて倒れたリするから、先生は困ったらしいよ。」と母。

同じ組の恵子ちゃんは左利きなのに、右手で字を書いたり、そろばんもはじいていて、とても上手です。それに、落ち着いているようです。

これからは恵子ちゃんを見習って、ゆっくり注意して動こうと思います。

習字の時間に、大失敗したのですが、筆づかいがうまくなったので「失敗は成功の元」と思うことにしました。

私は今までの失敗した数では、みんなに負けない気がします。

そんな時、いろいろな人に助けられたりお世話になってきました。

これからは、失敗した人を助けようと思います。

だから「失敗して困っている人の相談室」をみんなにないしょで、勝手に開くことにしました。

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