お話「ラムネ屋トンコ」

お話「ラムネ屋トンコ」

第四十四回 昭和三十二年 七月 図書館の女の先生

第044回の絵

六年生の七月。クラスで七月生まれの私の誕生会があります。

誕生月の人が好きな発表や楽しいプログラムをすることになっています。

私は小学二年の時から、劇に出て母に「とても上手ね。」 と誉められたいと思っていました。

最近は教科書の中でも、会話の多いお話を、朗読するのが好きです。

誕生会に一人でできる劇をしようと、思いつきました。

何の劇をしようかと考えた時、親しくなった図書館のお姉さんの先生を思い出しました。

五年生の時、日曜学校の帰りに、嬉子ちゃんと真知子ちゃんと図書館に寄った時のことです。

しばらく本を読んで、嬉子ちゃんと真知子ちゃんの二人は読み残した厚い本を借りました。

「あなたは借りないの?」とお姉さんの先生が、私に聞きました。

「もう読み終わったからいいの。」と私。

借りて帰っても、遊ぶのに忙しくて読む時間がないし、本を失ったら困るので借りないのです。

それに、私は長いお話を読むのは苦手です。

一日で読みきれない時、つぎの日に続きを読んでみると、登場人物もあらすじも不確かで、また最初から読まなくてはならないので、なかなか終わりまで読みきれません。

ですから、読み切れるように、大きい字の短い本を読むことにしていました。

教科書のお話の長さは好きです。

一日で読み切れる長さだし、二・三日読むとお話の内容が分って、だいたい覚えられるからです。

その時、私は以前から気になっていたことを、先生に質問しました。

「顔と手の傷はケガのあと?痛かった?」と。

「これは癩(らい)という病気のあとなの。もう治ったから大丈夫よ。痛くないのよ。」 と先生は笑顔で応えました。。

日曜学校の聖書のお話で、癩のことは聞いたことがありました。

先生が癩と言う病気にかかっていたことに、私達は驚きましたが、その日から、三人は先生と親しくなったのです。

劇の本を借りるために、学校の帰りに図書館に寄ることにしました。

「誕生会で一人で劇をしたいの。何かいい劇の本はありますか?」とお姉さんの先生にたずねました。

「そうね。」と言って、先生は本棚のところへ行きます。

しばらくして、二冊の本を持って来て、「あかずきんとおおかみとあばあさんのペープサーを作れば、人形劇ができますよ。」と、あかずきんの人形劇の本を見せてくれました。

「こちらは、はだかの王様の指人形の劇よ」と先生。

あかずきんの内容は幼い子用と思います。

はだかの王様のお話の長さは、ちょうどいいのでこれに決めました。

はだかの王様は、親指に目と鼻と口をかいて王冠をかぶせるだけです。

これがおもしろいので、気に入りました。

家に帰って、紙や布切れを出してきて、本を見ながら指人形を作り始めました。

王様は、初めは立派なマントを着た指人形です。

仕立て屋と町の人と子どもも作りました。

つぎに台詞ですが、すぐに覚えられそうにありません。

家に長く置いておくと、劇の本が無くなったら困るので、心配です。

私はノートに写して、早く本を返すことにしました。

あらすじは、だいたい知っているので、台詞だけ書いていくと、あまり長くありません。

翌日、本を返してから、台詞を話すように読んでみました。

ノートに写す時も読みながら書いたので、早く覚えられるように思います。

もし忘れても台詞のノートを見ればいいので、心配ありません。

威張った王様の声、ずる賢い仕立て屋の声、お世辞を言う仕立て屋の声と、町の人と子どもの声を工夫して練習しました。

いろいろな役になって劇をするようで、楽しくなりました。

しかし、指人形の劇をみんなの前でするのは初めてで、少しドキドキします。

誕生会の日です。

みんなが熱心に小さい指人形を見てくれたし、先生に「とてもよかったわ。」と誉められて、満足の気持ちになりました。

学校からの帰りに、瞳ちゃんと一緒に図書館に寄って、裸の王様がうまくいったことを、先生に報告しました。

「それはよかったね。」と先生もニコニコの顔です。

嬉しくなって、瞳ちゃんと大声で話したり笑ったりしたので、先生に「シー、静かに。」と注意されてしまいました。

家に帰って家族にも見せると、みんなで大きい拍手です。

そしてその時、小学最後の発表会の劇に必ず出て、母に「とても上手だったよ。」と誉められたいと強く思いました。

その後、「図書館の先生が癩という病気にかかって、顔と手に傷が残っているけど、もう治ったんだって。」と母に話しました。

「先生は、病院で治療を受けたから治ったのよ。よかったわ。」「癩は伝染すると言って、家族から離されて、子どもも大人も遠くに連れて行かれたらしいの。家族と会えないんだって。その人たちは気の毒だわ。ほんとうは伝染力は弱いそうよ。」と母。

病気だけでもつらいのに、家族と会えないなんてひどいことだと感じます。

つらい人や弱っている人が、どうしてもっとつらい目に会うのでしょうか?私はそのことがとても気になりました。

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