お話「ラムネ屋トンコ」
第五十三回 昭和三十三年 晩秋 礼子ちゃんに誘われて

恥ずかしいことが起こった後、静かになった私を気遣ってか、同じ組の礼子ちゃんが親しくしてくれる気がする。
日曜学校で劇を一緒にしてから仲良くなったが、中学に入ってから英語教室に一緒に通うようになり、休み時間おしゃべりに花がさく。
彼女はおしゃべりの上に、とても早口でしゃべることが出来る。
話題は教師のことが多いのだが、身振り手振りで話すのでおかしくて笑ってしまう。
私もおしゃべりになるが、彼女の早口には及ばない。
彼女は英語の教科書も早口で読み、英会話もとても上手に聞こえる。
十二月に入って、「三年生にかっこいい人がいて好きになったの。クリスマスプレゼントを届けたいから、ついて来て!」と礼子ちゃん。
「すごい!」と、私はただ驚くばかり。
三年生の教室に着くと、彼女は数人の男子のグループに挨拶をして話しかける。
みんなと友達のようで、ニコニコと早口でしゃべっている。
背が高くて色白の一人に、クリスマスプレゼントを渡した。
「またね。」とみんなに手を振って別れた。
私は、驚きっぱなし。
「としちゃん、好きな人いるの?一緒について行ってあげるよ。」と礼子ちゃん。
「いない。いない。」とあわてて応えた。
彼女は残念そうな顔で、「好きな人が出来たら教えて。」と言う。
私は授業中は教師の話を気を付けて聞いていないと、間違って聞いて間違ったまま覚えていることがあるので、注意が必要だ。
休憩時間は、礼子ちゃんとのおしゃべりで忙しいし、それに便所に行くことを忘れないようにしなければならない。
男子は目に入らなくなった。
授業が終わってからは、バレーボールのクラブ活動に行き、まず先輩の練習の玉拾いをする。
次に、先輩が私達一年生にパスやサーブや攻撃のやり方を教えてくれるので、ボールを追うことに精一杯。
男子を見る暇はない。
その上、最近夜だが、そろばん教室に通うようになったので、大変だ。
年が明けて三月、「卒業する宏さん達に、サインをして貰うから、としちゃんもサイン帳を持って一緒に行こう。」と礼子ちゃんが誘ってくれた。
数回三年生の教室について行ったが、彼女は大好きな宏さんと話が弾む。
私はみんなの会話を聞いているだけだが、数人の三年生男子と顔見知りになった。
遠慮したが、彼女が是非と勧めるので、サイン帳を買って、次の日持って行った。
放課後すぐに、二人で三年生の教室にサイン帳を持って行く。
サイン帳を預けておいて、書いたら持って来てくれることになった。
数日後、サイン帳が届いたので開いて見ると、数ページの素敵な絵と言葉とサインが目に入る。
私にまでこんなことをして貰えるなんてと嬉しくなったが、それ以上に礼子ちゃんの積極性に感心するばかりだった。
次は卒業式当日、「宏さんの学生服の第二ボタンを貰いに行くから一緒に行って。」と礼子ちゃん。
何のことか分からず、目を白黒させた。
卒業する好きな先輩の思い出に、ボタンを貰う習慣があるらしい。
式後、彼女はボタンを手にしっかりと握っていた。
物知りで積極的な彼女にまたまた驚く。
礼子ちゃんを見習うのは、まだまだ先の気がする。
