お話「ラムネ屋トンコ」

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第五十四回 昭和三十三年 冬 そろばん教室の思い出

第054回の絵

以前から近所の高校生の節ちゃんときなえちゃんと姉はそろばん教室に通っていて、そろばんが上手だ。

先生が若くて優しくかっこいいらしく、三人とも先生のことをニコニコ顔で話しているから、好きなことが分かる。

時々、先生がサイクリングに連れて行ってくれるので、嬉しそうだ。

だいぶ前に、「青い山脈」と言う映画が近くの映画館で上演され、歌も流行した。

その映画のポスターには、女学生達と先生のサイクリングの絵が描かれていた。

映画を観ていないが、サイクリングは楽しいのだろうと想像していた。

六年生の時、左ききなのに右手で上手にそろばんを弾く恵子ちゃんと、そろばんを弾かずに指だけを動かして計算をしている利くんに驚いた。

利くんはそろばんの目を思い浮かべて、指だけを動かし暗算をしていたのだ。

二人のようにそろばんが上手になりたいし、サイクリングにも行きたいので、そろばん教室に通いたくなった。

先生は、昼間は役所の仕事をしていて、週二晩だけ楽しみで教室を開いているらしい。

秋になってから、姉達について教室に行ってみると、色が白くて優しそうな先生が笑顔で迎えてくれた。

姉達も礼子ちゃんも、色の白い男性をかっこいいと思っているようだ。

私は日焼けしている男の人をかっこいいと感じる。

大好きな敏春先生も昌弘先生も、色白でなく日焼けもしていた。

親しいと思っていた聖君も色黒の方だ。

教室では六級の問題集から練習を始めたが易しく感じ、年末になると七十点取れるようになった。

「五級に進もう。」と先生。

五級に進んだのはいいが、これが難しい。

制限時間内に全問するのが精一杯。

合格点の七十点がなかなか取れない。

かけ算とわり算と見取り算の練習が終わると、「一番点数の悪かったものをもう一回練習しよう。」と先生。

かけ算をもう一回して、正解表を見て調べると、間違いが増えて点数が悪くなった。

三日後の練習の日、三種類の問題に取り組んだが、五十点か六十点しか取れない。

気を取りなおして一番悪かったわり算をもう一度やってみたが、もっと悪い点だ。

次の日も次の時も点数が良くならない。

がっかりしている私の顔を見て、先生は、「一番点数の悪かったものを、もう一度したい人はがんばろう。」と言うようになった。

私以外の人は、そろばんの練習を繰り返すと、点数が良くなったと笑顔だ。

「家でもここと同じように練習したら、もっと上達するぞ。」と、先生は私の顔を見てからみんなの方を見て言う。

私は家で練習する気にならない。

そろばんの練習が楽しくないし、練習しても上達しない気がする。

しかし、風を切って進むサイクリングは楽しく気持良く、一緒に行きたかったのでそろばん教室を続けた。

その頃、私は自分の性格が少し分かってきた。

椅子に座ってコツコツとそろばんのように細かいことを続けるのが苦手だ。

小学生の時、漢字の練習を続けて帳面に数行続けて書いていると、飽きてきて最後に間違ってくる。

二行くらいで止めていた。

絵の教室で、色紙を小さくちぎって貼り絵を製作する時、和子ちゃんや砂子ちゃん達は、二日間以上取り組んで完成させて、「やったー!」と満足そうだった。

私は、続かず半分しか出来ないでいた。

卒業前に取り組んだが仕上がらず、敏春先生は残念がった。

他にも仕上がらない絵があったので、「今度来た時、仕上げよう。」と先生は期待していたようだ。

一方、新しいことや珍しいことはすぐやってみたくなる。

中学になって算数と言わず数学という教科が始まった。

Iyzやabcを使って問題を解くよう、教科書に説明が書いてある。

新しい問題も、教科書の通りに解いていくと答が出てくるので、易しく感じどんどん進んでいく。

図形の問題も分かりやすい説明で、クイズのようで面白い。

教科書を作った人が、私の分かりやすいように説明しているので、数学の教師の説明はなくても大丈夫だ。

しかし、解き方の分かった同じような問題を何回もやっていると飽きてしまい、終には数字や文字を書き間違え解けなくなる。

だから、復習は嫌いでやりたくなかった。

「abcを見ただけで頭が痛くなる。先生の話し方がいやだから数学は嫌い。」と言う英語も嫌いな級友がいた。

教師が予習を勧めるのでやっていくと、授業が退屈だ。

英語の嫌いな級友には、最初はaIを○Iにしたり、△yや□zにしたら分かりやすいのにと、教え方について考えたりして過ごしていた。

社会の歴史は新しい珍しい物語のようで好きになった。

少し長い物語を読めるようになったので、二・三回読んでいると、歴史の流れが分かってくるし、教師が教科書に書いていないことを話してくれるのが楽しい。

一方、時代の変化や事件などが「何年に起こったかテストにでるので覚えなさい。」と教師が言う。

私は、わざわざ覚えることが苦手で、数字や難しい漢字を正確に覚えることが難しい。

年表を見れば何年かは載っていてすぐ分かるのだから、わざわざ覚えなくてもいいではないかと思い、覚えなかった。

面白いことや珍しいことや、それが起こった理由など読んだり聞いて分かったことは、わざわざ覚えなくても、頭の中に紙芝居のように絵と文章が浮かんできて、思い出せるように感じる。

数字や電話番号などを覚えるのを好きな級友が多い。

何事にも根気よくコツコツ続ける人や物覚えの良い人を、すごいと感心するようになった。

私は、新しい珍しいことはすぐやりたくなるが、長く続けると嫌になることがある。

椅子に座って、勉強や作業など同じような細かい事を続けていると、飽きてきてミスをするようになる。

一方、外で運動などして体を大きく動かすことは、楽しく気分爽快になるので、長い時間続けられるように思う。

一年生の終わり頃、そろばん教室を止めたくなったので、母に伝えると、「そー。そーだろうね。」と返事。

私がじっと座って細かい作業を続けるのが苦手なことを、母が分っていたので助かった。

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