お話「ラムネ屋トンコ」

お話「ラムネ屋トンコ」

第十六回 昭和二十九年 秋 祖国に帰った友達

第016回の絵

三年生の二学期、「としこさんの言葉が悪い」と反省会で言われた次の週、光一君といさむ君が学校を休みました。

あくる日、二人の家の近くに住んでいる男子が、「きのう、学校帰りに寄ったけど、留守だった。」と言います。

三日目、休んでいた光一君がやって来ました。

「いさむ君は、家族と一緒に船に乗って、祖国へ帰った。」「僕の家族は失敗したから、また家に帰ってきた。」と、光一君。

その時、戦争の前や戦争中に、朝鮮半島から日本に来た人達がいて、私の組にその子ども達が何人もいることを知りました。

遠い祖国へ、船に乗って帰るのは、大変だなと思いました。

授業が始まりいつものように、担任の先生が宿題調べを始めます。

光一君は、時々宿題を忘れますが、その日もそうです。

光一君は祖国へ帰る用意で、宿題どころではないのだろうと、私は思いました。

宿題を忘れた光一君と数人の男子の手の甲に、「宿題を忘れないように。」と先生が、赤インクのついたペンで、大きな×を書きました。

私は、この前「言葉が悪い」と言われたことよりも、数人の男子が手の甲に×を付けられたことの方が、とても嫌なことと感じます。

光一君は、家に帰る前に手の指につばを付けて、甲をこすり×を消そうとしましたが、なかなか消えませんでした。

その週の土曜日のことです。

光一君とやすお君は宿題をしてきません。

先生は怒った顔で、二人の頬に赤ぺんで×印を書きました。

先生はなんて酷いことをするのだろうと、私は前にも増して、気分が悪くなりました。

遠くの席の聖君も先生を睨んでいますし、光一君の顔を心配そうに見ています。

光一君の頬の赤インクの×印から、赤いインクが垂れています。

私は、大事にしていた透かし模様のちり紙一枚を、光一君に渡しました。

光一君は頬をそっと押さえて拭きます。

ちり紙は赤く染まりましたが、頬の赤い×は消えません。

しばらくすると、×印のところから、赤い物がじわっと出て来ました。

赤いインクではなく、血が出ていたのです。

担任の先生は、気が付いていないようです。

私はもう一枚ちり紙を手渡して、頬を押さえるよう言いました。

光一君の瞳が濡れています。

帰る前には血は止まりましたが、×印のところの皮が剥けてキズになっています。

私は悔しくて、胸がムカムカしながら、絵の教室に行きました。

そして、担任の先生が光一君達の手の甲や頬に、赤ペンで×印を書いたことや血がでたことを、敏春先生に訴えました。

「そうか、トンコの担任のY君は弱いところがあるからなあ。」と敏春先生は意外なことを言いました。

つぎの週から、担任の先生は、手や顔に×を書かなくなりました。

数日後から、光一君は学校へ来ません。

朝鮮半島の祖国に帰る船に、乗ったことが分かりました。

淋しいけど、無事に祖国に帰れるよう祈りました。

三年生になって、学校でつらいことがありましたが、いいこともありました。

真知子ちゃんが教会の日曜学校に誘ってくれたので、行ってみました。

五月の「花の日」には、たくさんの花を礼拝堂の前の花瓶にいけて、「太陽や水や土をありがとう。育てて下さってありがとう。」と神様に感謝します。

いい香りのお花に囲まれて、いい気分です。

後で、数人のグループに別れて、病院に入院している人のところに、お花を持ってお見舞いに行きます。

患者さんがとても喜んでいたので、私まで嬉しくなりました。

また、十一月には「収穫感謝の日に日曜学校に行こうね。」と真知子ちゃんが誘ってくれました。

行ってみると、果物や野菜が前のテーブルの上に置いてあります。

神様に感謝したあと、一人暮らしのお年寄りの家へ果物を届けました。

おばあさんが目に涙をためて「ありがとう。」とニコ二コ顔でした。

私は真知子ちゃんに「誘ってくれてありがとう。行ってよかったわ。」とお礼を言いました。

真知子ちゃんととても親しくなり、嬉しい気持ちになりました。

また、家族でラジオを聞くことも楽しかったし、絵の教室もおもしろかったので、私は元気でした。

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